サッカラ
ウナス王のピラミッド 玄室壁面装飾写真

ウナス王のピラミッド 基底部57m 高さ43m

階段ピラミッドの南側に、小さなピラミッドが第5王朝最後の王ウナスのピラミッドである。
規模も小さいうえ破壊が進み瓦礫の山のようなこのピラミッドを有名にしているものは、エジプトのピラミッド史で、初めてピラミッドテキストがピラミッド内部に刻まれたことと、ピラミッド南面に刻まれたラムセス2世の王子カイエムワセトの碑文である。
このピラミッドの玄室壁面にピラミッドテキストを見ることができる。
最近、玄室の壁面を再調査を行った際に、ピラミッドテキストを除く玄室壁面装飾の当初の題材が、単なる『華麗な王宮ファサード』ではなく、王によるカバ狩りだったことが確認された。
アラバスター製の一枚岩に描かれたこの『カバ狩り』のシーンは、当初前王ジェドカラーのピラミッド神殿の装飾をコピーしたものと考えられていたが、クフの名前が発見されたことから現在は建造時にクフに属する神殿から横領したものと考えられている。ウナス王のピラミッド 玄室壁面装飾写真
しかし、王の玄室に使用する石材を他の建造物からの流用物を使用する一般的でない行為をウナスが行った意味ははっきりとわかっていない。
ピラミッド内部からは、石棺以外はミイラの一部や儀式用具が少し見つかっただけのようである。
またロエールが修復復元したピラミッドの南側の外装石に刻まれた碑文は、
ラムセス2世の息子のカエムワセトがピラミッドを修復したという内容とされている。
ただしラムセス2世の時代、多くのピラミッドの外装石を自らの神殿や石像の材料として
再利用している事実から必ずしも碑文の内容を
100%信じてよいかは疑問であるという意見もある。
このピラミッドの外装石は西面下部など若干残っている。
また、西面にはピラミッドを建築する時の基礎に用いた数段に
重ねられた石灰岩ブロックも見ることができる。
ピラミッド東側に作られた葬祭神殿も
ピラミッド同様損傷が激しく見るべきものはあまり残っていない。

葬祭神殿神殿敷地内に掘られた溝のようなものは末期王朝時代に作られた墳墓である。
衛星ピラミッドや王妃のピラミッドも認識することもできない状態である。
ピラミッドから河岸神殿に向う参道はレリーフが残る壁があり、
参道南には舟坑も残されている。
参道周辺にはマスタバ墳が点在する。
サッカラ遺跡地区の入口近くに河岸神殿の遺構が残されている。

ウナス王のピラミッド 参道壁面レリーフの写真
サッカラ
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