メイドゥムのピラミッド 基底部144m 高さ92m(29.3883,31.1572)

「崩れピラミッド」、「偽りのピラミッド」と呼ばれるメイドゥムのピラミッドは謎が多い。
以前の説は、「本来第3王朝最後の王フニより階段ピラミッドとして建造され次王スネフルが真性ピラミッドに改築したが途中で崩壊した」というものだった。
現在は最初の段階からスネフル王により建造されピラミッドは完成し崩壊現在の異形になったのは新王国時代の頃だろうとする意見が大勢である。
理由は前者の理由としてスネフルを建造者と示すものが多数発見されているものに対し、フニ王が建造者と示すものが見つからないこと、後者の理由としてはピラミッド周辺の瓦礫からは古王国時代の遺物・労働者の遺体等が見つからないが、新王国時代の遺物が見つかっていることが挙げられる。
では、フニ王のピラミッドはどこにあるのかということだが、R・シュタデルマンによればザウイエト・エル・アリヤンのカーバ王のものとされた重層ピラミッドがフニ王のピラミッドということである。


丁寧に仕上げられた部分とそうでない部分があり、7段の階段ピラミッド、8段の階段ピラミッド、そしてスネフル王の晩年に再び真性ピラミッドとして改築し“3回”完成したピラミッドの外装石と、崩壊の際に露出した核の部分である。

ピラミッドの東面上部に残る薄い凹みは、傾斜路を設置した跡とする学者も存在する。

ピラミッド内部には、瓦礫の山を登りピラミッド北側の入口から入る。

比較的広い下降通路を降りながら、通路の壁を注意して見ると、3段階に分かれたピラミッドの建築過程がうかがえる。
真性ピラミッドに改築した部分である入口付近の通路はダハシュールやギザのピラミッドと同じように通路も内張りされてきれいに仕上げられているが、階段ピラミッドとして作られた部分は“粗い仕上げ”の印象を与える。
下降通路を降りると、四角形の部屋を2つ組み合わせたような平行通路となるが、2000年になって、この通路をフランス隊が調査したところ平天井の上に持ち送り式天井を持った部屋が見つかった。
その用途などについては判っていないが、2つ目の部屋がちょうどピラミッドの中心に位置していることから、本来の玄室なのかもしれない。

その先に垂直竪坑があり観光用の木製階段を上ると玄室となる。

玄室の天井も持ち送り工法で作られているが、その後のピラミッドに比べて仕上がりが雑な印象を与える。
壁の何箇所かに丸太が埋め込まれているが、用途はわからないが建築当時のものである。
いくつかの資料に墓泥棒が持ち込んだとあるが、木材が貴重だった時代に放置するかは疑問である。
また、棺などを引き上げるためのものという意見が多いが、屈折ピラミッドの例を考えれば内部崩壊を防ぐ補強が目的ではないかとも考えられる。
玄室には石棺はなかったものの木棺の破片などは見つかっている。


ピラミッド東側に小さな葬祭神殿がある。
入口付近の壁に新王国時代トトメス3世の時代にこのピラミッドを訪れた貴族が残したグラフィートが確認できる。
ステラには碑文が彫られていなかったことから葬祭神殿は未完成だったようである。
葬祭神殿から東へ参道は、現在は砂で覆われているものの石で舗装されており東に延び、おそらくその先河岸神殿があると思われるが調査は行われていない。

ピラミッドの南にある衛星ピラミッドの痕跡は見ることはできないが、調査から石の積み方は平積みではなく内側に傾ける方法を採っており、このことから真正ピラミッドに作り直された最終段階ではなく階段ピラミッドであった段階で造られたと考えられ、衛星ピラミッドが現れた最初のものと考えられている。
また、当然ながら衛星ピラミッドも真正ピラミッドではなく傾斜角60度の4段構造の階段ピラミッドであり、その形はこの時代に造られエジプト各地で発見されている小ピラミッドのようなものと同じようなものと想像できる。


ピラミッドの北東にマスタバ17と呼ばれるものがある。
狭い通路を這って入るが、玄室は碑文もレリーフもない。
王より先に亡くなった皇太子のものだと思われている。

その先にマスタバ16がある。
カイロ博物館の展示物で有名なネフェルマアト、ラーホテプのものとされている。

シュタデルマンによれば、2人のうち兄であるネフェルマアトがこのピラミッドの建築責任者で、マスタバ16に埋葬されたのは間違いないだろうとされる。
一方のラーホテプはダハシュールの屈折ピラミッドの建設責任者でダハシュールに埋葬された可能性もある。

2010年現在判明している内部構造図
  

 


保存状態がたいへん悪いが、葬祭神殿入口付近にある新王国時代の落書き
マスタバ17内の石棺

ポイント1 
衛星ピラミッドは、知られているかぎりメイドゥムのピラミッドで初めて現れる。
実際の目的については、多数の意見があるが、宗教的なものであろうというのが大方の意見である。
王のピラミッドに必要なものとされているが、たとえばダハシュールの赤のピラミッドには衛星ピラミッドの存在が確認されていない。
またいくつかの衛星ピラミッドは、実際の埋葬に使用されている痕跡がある。

ポイント2
河岸神殿もメイドゥムのものが最古とされるが、まだ調査されていない。

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エジプトの遺跡ガイド
ピラミッド平面図
エジプトの遺跡ガイド

レプシウス調査隊が作成したピラミッド周辺図

上の2枚は、東面の写真である。
写真中央に凹みがあり、傾斜路を付けた跡といわれている。
右写真は凹凸を強調したものである。
右のイラストは、復元図(D・Arnord  Buildinng in Egyptより)